すーののメモ

どんなことがあっても♪

思考のベース

自分が普段の生活で頻繁に使っている知識体系がどのように変わっているのか、ということは僕の興味の一つです。

僕は、それを思考のベースと呼んでもいいと思います。思考のベースというものは、どんな仕事に就くにせよこれからどんな方向に進むにせよ、自分なりに磨いていくべきものだと思います。

有名な哲学者のメルロ・ポンティは、哲学とは己自身の端緒が絶えず更新されていく経験である、言いました。

僕が言う思考のベースとはほぼメルロ・ポンティの言う己自身のことです。知識の端っこは思考のど真ん中って考えると、思考の仕方について話すときは、己自身の端緒、という言葉を使ったほうが良いかもしれませんが、今回はマッスとして知識や思考について話したかったので、思考のベースという言葉を使いました。

気になるのは思考のベースの量と質です。僕は20です。自分の思考のベースが将来どうなってしまうのかに漠然とした不安があります。要するに、自分がもっと思考できない人になるのではないかという不安があるんです。

有名な棋士羽生善治は、漠然とした不安は立ち止まらないことで払拭される、と言いました。

思考できなくなるんじゃないかという不安を消し去るために思考を巡らせるように努めればいいのでしょうか?

みんな考えています。ただ考えようと努めるとかいう漠然としたものでは駄目です。この不安を払拭する形ある歩みが必要です。

実は、ブログをやっているのは僕にとって、その形ある歩みの一つです。このブログは、僕にとって、色んな意味で不安を結晶化させてクリアにする役割があります。

ただ、僕の不安は、まだ、やっぱり消えません。

気づけば、まあまあ長い文章になっていました。

気づけば過ぎていた、という位走ることが僕には要りますか?

もう、12時。ちょっと学校の勉強して寝よ。

ブログは給水所か?