にのやをつぐ

いまだからこそ

ワーキングメモリー

昔よりも深い自己分析ができていると思う。それは嬉しいことだ。でも、今までは見えてこなかった根っこを見つけるたび、自分が抱えている複雑なものに飲まれそうになる。

 自分を特別視したい部分もあるかもしれないが、僕には特徴的な部分が多くあると感じている。特徴的な部分というのは、諸刃の剣である。扱い方をわかっていれば心配ないだろう。でも、わからないとき、それは厄介だと思う。

僕の特徴的な部分を全て挙げていくと今日が終わってしまうのでそれはやらないが、僕は例えば、白黒よりもグレイな言葉の方が好きだ。”思う”でも”思わない”でもなく、”少し思う”といった具合である。ただ、こういうグレイな言葉は相手に確実に伝えなければならないときには仇となることが多い。

僕は、わかりにくい表現をする癖がついている。だから、相手の頭にスッと入る言葉をつくるのが苦手だ。僕は、遠くからでも見える標識のような、そんな言葉で語れるようになりたいと思う。でも、グレイな言葉を捨てるつもりはない。必要に応じてセーブできるよう、剣を上手く扱えるようになりたいのだ。

あと、最近気になっている僕の特徴としては、「ワーキングメモリーが低いのでは?(確証はない)」がある。作業してるときに沢山メモをとるのも、パソコンやスマホの画面がシンプルなのも、自己管理のためにEvernoteを駆使しているのも、話すスピードがゆっくりめなのも、長期記憶が得意だと思っているのも、ワーキングメモリーの低さが関係しているのかもしれない。もしそうなのだとしたら、少し残念だが、でも、上手くカバーして生きてきたのかもしれないと思うと、自分を誉められる。

でも、ワーキングメモリーが低いとして、複雑なことよりも単純な作業が得意なのかと言われると、そうではない。短絡的に考えられないのが、脳なんだなと思う。というか、ほんとうにワーキングメモリーが低いのだろうか?もしかしたら、自分がいろんなことを考えすぎている可能性だってある。

では☆